傘の上の雨

やさしくなりたい

お金の話。

世界は変わってしまった。

 

2011年4月に僕は地元の信用金庫に入社した。

東日本大震災の直後だ。

東京が混乱し、大津波のニュースを見るたびに自分の中で何かが変わっていくのを感じていた。そんな頃だった。

「経済も混乱し、仕事の在り方、働き方の在り方も変わっていくんだろうな」

なんとなくそんな気持ちを抱いていた。

まだ「働き方改革」なんていう言葉はなかった時代だ。

 

ところが思っていたより景気は悪くなかった。

今では信じられないかもしれないけれど、年に2回の定期預金のキャンペーンがあって、ぼろくそに言われながらも預金の獲得に奔走した。

高齢者の家々を回り、取引のある法人を巡っては、定期預金のチラシを配った。

誰の役にも立っていなかったし、やりがいなんてなかった。でも客先で出されるお茶はうまかったし、出されたお菓子は食いまくった。

 

仕事に慣れてきたころ、事態は一層に悪くなった。

きっかけは忘れてしまったけれど、いわゆる「マイナス金利政策」が始まった。

預金を集める時代が終焉を迎えたのだ。(難しい話は割愛する)

このころイキリ営業マンだった僕は企業先への融資に没頭していた。

会社は辞めるつもりでいたけど、無能な同僚が多かったおかげで成績は優秀だったし居心地はそんなに悪くなかった。給料やボーナスに不満はあったけど、先輩や上司におごってもらうスキルでやり過ごした。やっぱりクソ生意気だったと思う。

余資運用に困った地銀が一気に都心に集まり、競争が激化していった。本来買い手市場である融資が、売り手市場へと変わっていった。優越的地位の乱用なんて言葉は死語なんじゃないかとも思った。

生意気な客も増えた。(自分のことは棚に上げたい)

「うちはメインバンクなんか持ちませんよ、条件のいいものから使っていきます。」

なんていう客も珍しくなくなった。

まあそんな状況の中でメガバンクや地銀の優秀?な担当者を差し置いて、契約獲得していくのは面白くもあった。

 

そしていつの間にか令和の時代になった。

元号が変わるとシステムの変更や帳票の変更が多くて、クソ面倒くさいなと思った。

金融機関は面倒な業務が多すぎるし、無駄も多いし、仕組みを考えてるやつらはバカなんじゃないかとさえ思った。やっぱりいつか辞めるだろうなって思っている。

 

今は新型コロナウイルスが流行っている。

確実に世界は変わってしまった。

ちょっと前までは「ワンチーム!!」とかほざいてた奴らが、互いに攻撃しあっている。

マスクをしない奴は罪人扱いされ、営業自粛やテレワークを推進できない企業はブラック企業扱いされている。

 

話はすこし変わるが、なぜか最近会社のトイレの手洗い石鹸の減りが早い。

もしかして弊社はトイレの後に手洗いしない系男子の集まりだったのかな!?

やっぱりこの会社はいつか辞めようと思った。

 

新型コロナウイルの話にもどる。

金融業界は新型コロナウイルスで沸いている。

保証協会付無利子融資の取り合い合戦が始まり、世はまさに戦国時代である。

大した事業への被害もないのに売上操作で融資枠獲得に動くフリーライダーの存在は目に余るものがあるが、この話は割愛する。

緊急事態宣言の中、多くの事業者が事業(営業)停止に追い込まれた。

売上ゼロの期間が1か月以上続くなんて誰も想定していなかったし、日に日に減っていく預金残高に絶望し、多くの経営者が資金繰りに奔走している。

あれだけ生意気だった客も「融資お願いできませんか??なんとかなりませんか??」と泣きついてくるほどだ。

 

そういえば5月のGWにいくつかの窓口を開け、休日出勤を強いられた。

客はほとんど来なかった。

やっぱりこんな会社辞めてやろうと思った。

 

世界は変わってしまった。

「新しい生活様式」「働き方改革」「デジタルトランスフォーメーション」

色んな新しいことが始まっている。

梅雨も近いし、そろそろエアコンの掃除はしっかりしておいたほうがよさそうだ。

今日は「在宅勤務」という名の休日を過ごした。

天気は良かったけどなんだか寂しい空模様だなぁと思った。

「変われない大人にはなるな」

「卑怯な大人になるな」

そんなことを言われている気がした。

キンタマキラキラ金曜日なのでビールでも飲もうかな。

 

とりあえず、乾杯。